僕が見たかった青空に「涙を流そう」という楽曲がある。3rdシングル「スペアのない恋」に収録されていて、非選抜メンバーの雲組曲となっている。その歌詞も、そのダンスも、雲組という存在を象徴しているような1曲に仕上がっていて、掛け値なしに心を動かされるものがある。
僕青は2ndシングル「卒業まで」から選抜制が導入され、全メンバー23人が選抜メンバーの青空組と非選抜メンバーの雲組に分かれることになった。3rdでは、2ndで雲組メンバーだった秋田莉杏が青空組に入り、その一方で青空組からは杉浦英恋と宮腰友里亜が雲組へと移った。選抜と非選抜で入れ替えが起きたのは、この時が僕青にとって初めてのことだった。杉浦と宮腰は選抜にとどまれなかったことに葛藤があったであろうし、選抜入りできなかったほとんどの雲組メンバーにも同様の想いはもちろんあったであろう。そんな雲組の面々に寄り添うような楽曲が「涙を流そう」だった。
7月30日に東京・KeyStudioで行われた雲組単独公演#06において、杉浦は自身がセンターを務める「涙を流そう」を披露する前に、こんなMCをステージで行った。
「言うべきかどうか、すごく悩んだんですけど、今ここにいる皆さんには少しだけ、知ってほしくて、話したいことがあるんですけど、聞いていただけますか。僕が見たかった青空は青空組と雲組に分かれて活動しているんですけど、活動していく中でやっぱり比べられてしまったり、自分たちで壁を作って比べてしまったりして、その度に苦しくなったり、悔しくなったり、自分を責めてしまったり、そういう日もたくさんありました。そして、私たちは人を笑顔にできるアイドルになりたいと思って、そんな自分たちの悔しい感情に蓋をしてしまっていました。今回、そんな私たちを認めてくれて、優しく寄り添ってくれて、背中を押してくれる楽曲をいただきました。皆さんにも自分のことを嫌いって思っちゃったり、涙を流したくなったり、自分をどうしても責めてしまったり、きっとそんな経験があると思います。でも、がんばっていない人はいないし、そのがんばりがなくなってしまうことも、絶対にありません。もし嘘だって思うならメンバーみんなで『あなたはがんばってるよ』っていう言葉を絶対にかけるので信じてください。不器用な私たちですけど、音楽を通してなら伝えられることがあると思います。12人、心を込めてこの楽曲を届けます、『涙を流そう』──」
雲組メンバーが全員で話し合い、意見を出し合って、作られた文章だった。「涙を流そう」という曲を届ける時に、雲組のあり方を考えた時に、彼女たちにとってそれは必要な作業だった。笑顔でいることがアイドルであろうし、雲組での活動が楽しいことも事実だろう。しかし、それを自分自身に言い聞かせて、あるいはそれを言い訳にして、選抜メンバーに選ばれなかった悔しさや苦しさから目を背けることは違うのかもしれないと、彼女たちは気付いた。それではいつまでたっても青空組には追いつかないと思ったのかどうかは分からないが、少なくとも前へ進んでいくために、彼女たちはここで雲組としてのあり方を表明した。
「涙を/涙を流そう」とサビで歌われる部分に重ねて、「Don’t hold back!」とコーラスが入る。Don’t hold backは「遠慮しないで」と訳されることが多いが、もう少し解きほぐすと「自分の感情や気持ちに正直であれ」という意味だ。
この「涙を流そう」でセンターを務める杉浦は高校1年生。僕青の中で明るく元気なムードメーカーであり、ダンス経験もあってパフォーマンス力も高い彼女が、この3rd期間の雲組の〝顔〟に抜擢された。先に書いた通り、彼女は前作の2ndの時には選抜メンバーの青空組に属していたが、この3rdでは青空組にい続けることができなかった。そして、11月13日リリースの4thシングル「好きすぎてUp and down」でも青空組への復帰はならず、引き続き雲組曲「(タイトル未定)」のセンターを務めることになった。
そんなタイミングで、杉浦に取材を行い、「涙を流そう」とともに歩んだ、雲組としての3rd期間の活動を振り返ってもらった。雲組のこと、雲組でいること、どんなことを考えながら活動していたのかを聞いてみたかった。僕青に限ったことではなく、一人のアイドルが選抜制の中で選ばれなかった時、どんなことを考えながら活動しているのか、正直な気持ちを聞いてみたかった。
4月、3rdシングルの選抜発表が行われた。グループにとって2度目となる選抜発表だった。全メンバー23人が着席して、青空組に選ばれたメンバーだけが名前を呼ばれていく。皆が緊張した面持ちで座っている中、杉浦は終始、笑顔だった。ずっとニコニコしていた。青空組にきっと選ばれるという自信からの笑顔だったのか、それとも──。
「実はめっちゃ無理していました。絶対に泣かないって決めて、笑顔で席に座っていました。2ndの選抜発表の時は、青空組に選ばれたのに、みんなの前ですごく泣いてしまって。そんな自分が嫌だったから。あと、2ndの期間、正直、自分の中で全然、青空組として意識も力も足りてないと思っていたからこそ、なんとなく3rdの結果はそうなるだろうなと思っていたし、そんな私が泣いたら、ほかのみんなに失礼だなって思ったんです。だから、泣かないように我慢して笑顔でいました」
選抜発表後、メンバーは福岡で仕事があったため、各自、空港に向かった。しかし、杉浦は楽屋に戻ってくると、カメラも入っていた選抜発表の場ではぐっとこらえていたものが、堰を切った。
「楽屋で立っていられないぐらい大泣きしちゃって。メンバーは空港に向かったけど、私は楽屋に残って、一緒に残ってくれたマネージャーさんに、なんでこういう結果になったかっていうのをお話してもらったんです。そしたら……あー、めっちゃ言いたくな〜い(苦笑)。ほんとに恥ずかしすぎるんですけど、時間にルーズとかいろいろ人として足りていないところばかりだなって自分でも分かっている内容だったんです。ダンスとか歌とかパフォーマンスの部分で力不足なところがあるって言われるなら、自分の中で仕方がないって思えるんですけど、自分でも気にしていた、人として未熟なところを指摘されてしまって、そうだよなって思うしかなかったし、そんなダメな自分に対して悔しくなっちゃいました。だからこそ、3rdの期間は、人として成長できる機会にしなきゃって、マネージャーさんと話していて思いました」
2ndの期間から定期的に行われるようになった雲組単独公演。3rdの期間に入る前にすでに4回開催されていて、杉浦と宮腰以外の雲組メンバー10人は当然、その立ち上げからこの単独公演を作り上げてきていた。その中に新しく入っていく自分が、いきなりセンターに立つことに、杉浦は少なからず不安を感じていた。
「青空組からいきなり来た人がセンターに立つって、きっと自分が元々雲組だったら、すごく悔しいと思うんです。雲組の中でずっとがんばってきたのにって。誰もがそうかは分からないですけど、やっぱりアイドルになったからにはセンターって憧れがあるじゃないですか。私もいつかはセンターに立ちたいっていう夢はあったからこそ、雲組でセンターに立てるっていうことは、すごくうれしかったんです。でも、最初の頃、笑顔でうれしいとはみんなの前では言えなかったです。それに、せっかくみんなが作り上げてきた雲組単独公演を、私がセンターに立ったばっかりに、良くないものになったらどうしようっていう不安もありました」
そういう気兼ねや不安を、「涙を流そう」のミュージックビデオ(MV)撮影でも感じていたそう。
「MV全体を通して、私がこんなに目立たせてもらうことは今までなかったので、不安でした。やっぱり自分に自信がなかったのかなって思います。私の演技シーンからMVは始まるんですけど、演技は初めてで、全然うまくできなかったんです。MVを見た人が冒頭の私の演技で、つまらないなと思って、MVを最後まで見てもらえなかったら、自分のせいじゃないですか。自分のせいで雲組のみんなに迷惑をかけられないとか、センターに立つ自分の責任みたいなものにすごくプレッシャーを感じていましたね」
だからこそ、そのプレッシャーを打ち払うように、練習を重ねたし、雲組のメンバーに早く馴染めるように積極的にコミュニケーションを取るように心掛けた。それでもプレッシャーは重くのしかかったが、雲組のメンバーがそんな彼女を察して見守ってくれていたし、「涙を流そう」という曲も彼女を支えてくれていた。
「『涙を流そう』という曲にすごく救われました。選抜発表があって、青空組として名前が呼ばれず、雲組の一員になって、いろいろ追いつけない感情があったんですけど、この曲が自分の中で響いて、これからがんばろうって思えたんです。『悔しいね/君のその気持ちはわかる』とか『君が頑張ってきたこと/そこに一点の曇りもない』とか、語りかけてくるようなメッセージ性が強い楽曲で、私に限らず、心を打たれたって言っていただくことがすごく多いんです。この曲を雲組が歌っていることに意味があると思うし、私にとっても意味がある曲にしていきたくて。私はすごく泣き虫だけど、そんな人が歌うからこそ、涙を流したっていいんだよって聴いてくれる方たちに寄り添えるんじゃないかなと思って歌っています」
特に自分の中で刺さったフレーズがあるという。
「サビで『涙/涙を流そう』のあとに出てくる『悲しみを忘れられるように』っていうフレーズが好きです。なんで私がよく泣いちゃうかっていうと、まさに『悲しみを忘れられるように』なんです。悩んでいることとかがあっても、泣くとすっきりする面があるから。そうは言っても、忘れられはしないんですけど(笑)。涙を流すと、自分の中で納得できるというか、『うん、そうだな』って少しだけでも前に進もうっていう気持ちになれます」
そうやって、たくさんの涙を流してきたからだろうか。初めて参加した雲組単独公演#05(5月開催)から#06(7月開催)、#07(8月開催)と経て、何かが変わりはじめていた。雲組としての活動に少しずつ自信をもてるようになっていくとともに、不安や悔しさにも向き合えるようになっていた。
「雲組として活動していく中で、やっぱり悔しいこともあるんですよ。楽しいことだけじゃなくて。青空組と違って雲組は雲組としてメディアに出られるわけではないから、私たちのがんばりを見せられるところは雲組単独公演しかないのかなって思ってしまって、悔しくもなるし、悲しくもなるんです。でも、そういうライブができる機会をいただけることも、そこに向けてたくさんの練習をさせてもらえることも、当たり前のことではないんですよ。だったら、そこをがんばるべきだから、もうこれでもかってくらいめっちゃ練習をがんばったんです。そしたら、#08に向けた練習で、ダンスの先生にもマネージャーさんにも『今までで一番いいよ』『これはきっといい公演になるね』って言われて。実際、雲組みんなの団結力もほんとに高まっていて、私たちの中でもきっといい公演になるだろうなって思っていたんです」
ところが、本番ではどういうわけか、多くのメンバーが振りを間違えるなどミスを連発してしまう。
「期待に応えようと意気込みすぎて空回りしてしまったからなのか分からないんですけど、私たちの中で全然満足のいかない結果になってしまって。私はすごく悔しくなりました。センターに立たせてもらっているのに、振り間違えとか普段絶対しないような大きなミスをいろんな曲でしてしまって、もう落ち込んじゃいました。公演終わりに、大泣きしちゃって、メンバーにめちゃめちゃなぐさめてもらって。自分がなりたい姿は、泣き顔じゃないからこそ、絶望しちゃいました。こんなはずじゃなかったのにって」
この自信に反してうまくいかなったことが、肩に入った力を取り払って、彼女たちを自然体にしてくれたのかもしれない。3rd期間の雲組単独公演としては最後かつ、初めての地方遠征で杉浦の地元・愛知にて行われた公演#09(9月開催)は、#08の悔いがあったからこそ、ファンもマネージャーもメンバーも納得のいく結果へと結びついた。そして、杉浦個人にとっても大事な公演になった。
「私の中での殻が破れたのが公演#09でした。それ以前からヒビは入っていたんです。でも、やっと抜け出したのはこの公演でした。私がセンターでいいのかなとか、いろいろ迷いがありましたけど、覚悟ができた気がしたんです。公演#08️と#09の間に4thの選抜発表もあったんですね。その時にこれでいいんだっていう確信を持てたように感じていて。自分はたぶん青空組にはいけないだろうなって考えが、なんとなく頭の中にずっとあったんですけど、自信がなかったわけでもないんです。3rdの期間をやりきったって言えるからこそ、今回じゃないなって前向きに思っていて」
4thの選抜発表の時、杉浦はまたしても笑顔で座っていた。しかし、3rdの時とは違って、無理やり作った笑顔ではなく、どこかすっきりとした穏やかな笑顔をしていた。
「それから公演#09に臨んで、すごく不安もあったんですけど、自分としてはうまくできたなって、殻を破れたなって感じられたんです。公演の最後、みんなでめっちゃ泣いちゃったんですけどね。でも、それはいい涙でした」
そして、この公演を最後に青空組に移る須永心海が杉浦に声をかけた。
「『英恋が3rd期間、センターになってくれて良かった』って、こそっとその一言だけ言ってくれたんです。なんかそれで、すごく救われた気がしました」
雲組であることを、そのセンターを務めることを引き受けた杉浦。とはいえ、青空組が華々しくメディアで活躍する姿を見れば、何も思わないというわけにはいかないだろうし、思わないとまたダメなような気もする。選抜と非選抜と厳然として2組に分かれている以上、選抜を目指してひたすらに努力していくしかない。非選抜にいることに安住したらそのメンバーはどう輝けばいいのだろう。ただ、がんばり方は人それぞれだ。選抜にいくことだけを目標にしなくてもいいのかもしれない。歌を極める、ダンスを極める、グループの雰囲気づくりに徹するというのもありなのかもしれない。それぞれがそれぞれにがんばっているから、そのメンバーは輝くのだろうし、ファンは応援するのだろう。
アイドルグループの、引いては芸能界の厳しさに触れて、杉浦は悔しさをプラスに持っていく強さも身に付けた。
「いろいろ悩んじゃうこともありますけど、今はそんなことを言っていられないから。とにかくがんばるしかない。がんばっても報われないこともあるかもしれないけど、がんばるしかない」
3rd期間が始まった時、自分の未熟さや力不足を気にしていた杉浦だが、今はもっと視野が開けてきた。
「メディアに出る機会はなかなかないけど、雲組のメンバーはめっちゃがんばっているんです。だから、正直、もっと雲組にも注目してほしいなっていう気持ちはすごくあります。ほんとに私なんかがしんどいとか悔しいとか言えないです。私はデビューシングル『青空について考える』ではフロントだったし、2ndシングル『卒業まで』は青空組だったし、3rdシングル『スペアのない恋』は雲組だけどセンターで、4thシングル『好きすぎてUp and down』の雲組曲もセンターで、私が悔しいなんていったらほかの雲組メンバーに失礼だし、むしろ悔しい。みんながほんとにがんばっている姿を間近で見ているから、思うように報われていないのが悔しいです」
「涙を流そう」のダンスでは途中、メンバーが横一列に並び、端から隣りへ箱を渡していく印象的な振りがある。箱を受け取ったメンバーがまた隣りに渡し、その箱を受け取ったメンバーがまた隣りに渡し、最後にその箱を受け取った杉浦が走り出す──。
「あそこは素敵な振り付けですよね。あの箱にはいろいろ詰まっていると思います。夢も希望も、これまでのつらい経験も詰まっていて、それをみんなで共有していくというか、分かち合っていくというか。振付師の方にはこの箱の意味はあえて聞かなかったんですよ。人によっていろんな解釈ができるだろうから」
青空組の3rdシングルの表題曲「スペアのない恋」のダンスはキャッチーで、それぞれがそれぞれのポジションで同じ振りを揃えて踊っていくのに対し、雲組の「涙を流そう」はそれぞれが違う振りをしながら全員でひとつの形を作り上げていくようなダンスになっている。それはまるで、青空組が同じ振りの中で〝個性〟をアピールし、雲組が違う振りながら一丸となる〝団結〟をアピールすることで、2つの組のそれぞれの特色を象徴しているようにも思える。
雲組の団結が見せる「涙を流そう」のダンスは、時に凪(な)いだ海のようにしなやかでゆるやかで、時に時化(しけ)た波のように荒々しく力強い。
「みんながひとつになってかたまるところがあるんですけど、あれは舟なんです。それで私が行先を指さしていて。指さした先、何を目指しているかはメンバーそれぞれ違うと思うんです。私はどうだろう……。そこよりも私は、未来を思い浮かべてしまう場面があって。イントロで私一人が振り向いて曲が始まるんですけど、その振り向いた先にいつも大きなステージを想像しています。すっごく広くて、どこまでも続いている大きなステージを」
涙の海を、雲組という舟が進んでいった3rd期間は終わった。そしてまもなく、4thの活動がスタートする。新しい雲組曲について杉浦は「今の自分の雲組でのあり方をそのまま表現したような曲」と笑顔で話していた。
写真/田中健児
取材・文/小畠良一
⚫️PROFILE
乃木坂46の“公式ライバル”として誕生。全国オーディションで応募総数3万5678人の中から選ばれた23人で結成され、’23年8月30日に「青空について考える」でメジャーデビューした。10/13(日)に昭和女子大学人見記念講堂にてワンマンライブを開催するほか、11/13(水)に4thシングル「好きすぎてUp and down」を発売。僕が見たかった青空公式WEBサイト:https://bokuao.com/
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