葵うたのweb連載【葵色日記】#42 ノスタルジックに包まれて

先日、久しぶりに携帯をなくして大騒ぎしました。
昔から携帯をなくしたり落としてばかりだったので、ここ最近は紐をつけてぶら下げていたのに、なぜかその日は紐を外していて。
すぐに見つけることができたのですが、もう冷や汗ダラダラ。
携帯は母の車の座席の隙間に挟まっていました。
とほほ。
しっかりしろ、24歳。

今でこそ携帯やパソコンが日常に馴染み、欠かせない物になっているけれど、それもここ7年ほどの話だと思うとびっくり。
7年もあれば、ガラッと世界の常識は変わるんだなぁ。

携帯がないと、今の生活を維持出来ないことは明白です。
手放せないし、そうなったら周りから批判されることも安易に想像できる。
そりゃ困る。

方向音痴の私は携帯のナビ機能にすがり付くしかない。
昔、試しに住所だけを手掛かりに、ある場所に向かったことがある。
それはそれで楽しかったけど、時間制限のない休日のお出かけだからできたことで、とてもじゃないけど仕事ではできない。
あんなに電柱を探して、謎を解くみたいに凝視したのは初めてだった。

あらゆることで技術の恩恵を受けている。

その一方で、頭を使う機会が減ったのもまた事実で。
自分の頭で考えて、体を動かすこと。
携帯のせいにするつもりはないが、最近「あれ、何しようとしたんだっけ?」となることが増えた。
怖い。
こんなんじゃ、将来すぐボケてしまう。
もしかしたら、そうなる頃にも何かが進化していて、助けてくれるかもしれない。
そんな未来に甘えて生活するのはどうなんだろう。
技術は進化しているのに、人間の私が退化してどうする。
負けるな人間。

町で見かける子供たちが友達といる時もうつむいて携帯をいじっている姿を見ると、少しさみしい気持ちに、勝手になったりする。

私が小学生の頃は、学童に通っていたのでゲームに触れる機会はあまりなかった。
1年生から6年生までの仲間と、泥団子を誰がピカピカに作れるか対決をしたり、先生をはめる落とし穴を作ったり(一日かけたが、大人の膝上ほどの深さだった)、鉛筆と紐で竿を作って、園の隣にあった貯水槽で魚を釣ろうとしたり(もちろん釣れなかった)。
竹で箸作り、ベーゴマ、缶蹴り、めんこ、あやとり、木登り、花の色水、ぺんぺん草……。

あぁ、私もついに「私が子供の頃は……」と言うようになった。
もし自分に子供ができたら、そういった体験をしてほしいと思う。
目の前に溢れる自然や画用紙など、自分で作れる全てが遊び道具で、ワクワクした。

当たり前は変わっていく。
一歩外に出たらその子次第だ。
まだ見ぬ子供を思ってすでに切なくなっている……(笑)。
私は人生で何度「よそはよそ、うちはうち」という言葉を口にするのだろう。


先日、東京とは別に新しく生活の場所になる町を散歩した時のこと。

前から下校中の小学生男子3人が棒を持ちながら歩いてくる。
その様子を見て、「最近は指定の帽子被らないんだなぁ、裏表の赤と白の面をハーフにして、ウルトラマン! とかしないんだなぁ」なんて思っていたら、うしろから女の子たちが「待ってー」と言いながら走ってきて、男子は「ぎゃー」っと走って逃げる。

それだけの光景でも、とてもかわいらしく、同時に「映画の撮影中ですか……」と距離のあるノスタルジーをがっつり感じてしまった……。

きっと東京でもそれはあるのだろうけれど、人が多くて目に入らないのかもしれない。

その町を日中に散歩すると、学生や、一歩一歩つかず離れず歩く老夫婦ばかり目にする。
早歩きする人は滅多に見かけない。

その日は新しく住む部屋の草むしりと畳の掃除をして、三脚とカメラを抱えて東京の家に帰った。

東京は私にとってとても大切で、面白い場所。居場所。がんばる場所。

東京は厳しさもあるが、さまざまなカルチャーに溢れ、部外者を受け入れてくれる寛容さがある。
東京タワーは今でもキラキラしている。
東京への憧れや夢、恋、不安、喧騒、ネオンの光……それらを歌ったシティーポップも大好き。

街を歩けば、東京での思い出が蘇ります。
上京して最初に住んだ街、昔通っていたレッスン場、オーディション帰りに泣いて歩いた道、友人と朝まで飲んでカップラーメンを食べたコンビニ……。

あの子は今、どうしてるだろう。

ノスタルジックにとらわれすぎているので、今の話を(笑)。

今日は赤坂でオーディションが昼と夕方にあり、一本目が終わって3時間ほど時間ができた。

赤坂の会場を出て撮り溜めたフィルム写真の現像のため、市ヶ谷の写真屋まで歩く。
信号無視をする歩行者が多い。
久しぶりにスズメを見た。
定食屋のお母さんが道に米を巻き、それをチョンチョンとついばむ姿に見入る。

赤坂から市ヶ谷に向かう道中、清水谷公園を抜ける。
木陰のベンチには、スケッチをする女性や、お弁当を食べるサラリーマン。
一歩奥に入ると鳩が落ち葉をカサカサとついばむ音と、風で揺れる葉のサラサラとした音で包まれていた。

木々の間からビルが見える。
都会の喧騒が、まるで別の世界から聞こえているかのような感覚になる。

麹町駅の地下鉄への入り口にあるビルが、真ん中をくり抜いるような作りになっていて面白い。

映画「ドライブマイカー」に出てくる「広島市環境局中工場」を思い出す。
ゴミ工場であり、まるで美術館のような構造。
風が抜けていく感覚を想像する。

やっぱり人は風通しの良い場所を持ったほうがいい。

市ヶ谷駅前にある写真屋にフィルムを預け、さっき調べておいた喫茶店にナビを設定する。
ここから歩いて15分ほど。
喫茶店ベースで都合の良い写真屋を選んだけど、仕上がりまで1時間と思ったより早く、店の方も人が良く、ここにしてよかった。
革靴を修理してもらう時もそうだが、技術のほかに「この人にお願いしたい」と思えるかどうかは何事においても大事だと思う。
自分もそう思われる人でありたい。

市ヶ谷橋を渡って線路が奥に見える川沿いを歩く。
葉桜越しに黄色いラインの入った電車が通る。
綺麗。

もうすっかり暖かくて、すれ違う人々は上着を抱えて歩いている。
私もジージャンを脱ぎ、腰に巻いて歩く。

お目当ての「喫茶Lawn(ロン)」に到着。
ビルの間にある、コンクリート打ちっぱなしのモダンなオーラを放つ建物。
扉を開けて「しめた!」と思った。
二つ並んだ二人席に座る。
アイスコーヒーを注文。
オレンジ色の照明とワインレッドの皮椅子。
カウンターに肘をついて携帯を見ている店員さんのドットのシャツがかわいい。

縦に長い大きい窓から差し込む光と、街の景色が、よりこの空間を切り取り、ひっそりと心地の良い場所に感じる。
店内にはビートルズの「レット・イット・ビー」が流れている。

隣の席でご老人お二人が久しぶりの再会に話を弾ませていた。
こっそり聞き耳を立てる。
同級生で、かつてのバンド仲間らしい。
やっぱり舞台が好きだとか、今年は地震もあって、猫も死んで、大変な正月だった、とか。
お互いの呼び方は、お前とおたく。
妻のことは女房と言っている。

ひとしきり話し終えると、一人がトランプマジックを披露し始める。
マジックは席の位置的に見ることができなかったけど、トランプ捌きの音と、リアクションで、なかなかの腕前ということが分かる。

本を読むことに意識を戻す。
もともと単行本を持っていた好きな本で、日常的に読みたく、軽い文庫本も最近購入した。

しばらくして、カウンターに置いてあるピンクの電話に目が止まる。
もう、滅多に使われることのない、あの電話の音を聞いてみたいな、と思う。
ふと、誰かを待っている気分になった。
待ち合わせにドラマがあった時代に思いを巡らせる。
電話が鳴って、私の名前が呼ばれる。
なんて妄想をしてみる。

トランプはできないけど、妄想は私の子供の頃からの特技だ。

そんなことをしていたら、あっという間に出なくてはいけない時間になっていた。
値段は東京価格で少し驚いたけど、とっても良い時間を過ごせた。

今度は待ち合わせで使いたいな。

さ、オーディション、行くべ!!!

【毎連載恒例のオススメの一冊】


「白光」 著者/朝井まかて

葵うたの aoi utano
’99・7・4埼玉県出身。蟹座。B型。
俳優・タレント。ドラマ「ガールガンレディ」、「パリピ孔明」などの出演経験があり、アニメ「Artiswitch」では主人公の声優を担当。トヨタの給電CM 「最後の家出」篇に出演中。短編映画「その夜のさえずり」、東京藝大映画専攻 製作映画「婚前判断」がYouTubeで公開中。

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