葵うたのweb連載【葵色日記】#51 移ろいの味わい方

「さむっっ」
目が覚め、その日初めて口に出し耳にするその言葉の変化に、まだボヤけた頭が遅れて気づく。ほっと胸を撫で下ろす朝でした。

暑すぎる夏が終わり、季節が移ろい、今日は秋の始まりを告げる雨が降っています。
年々、苦手な夏も楽しく過ごせるようになったものの、流石に今年の夏は暑過ぎましたね。

隣のうちのお婆ちゃんも、やっと暑さに怯えず買い物に行ける。
枕元に置いてある香水に、半年ぶりに手を伸ばす。
SHIROのスモークレザー。
軽く手首につけてみると、仕草の中で力強くスモーキーで暖かい香りが密かに宿る。
そうそう、この感じ。

顔を洗おうと手に触れたお湯のぬくもりの、安心感に感動しました。
これは確実に幸せ。
この日のために一着だけ出しておいた厚手のカーディガンを羽織ってゴミ出しに行く。
袖を通した時の布に包まれる安心感。
これも確実に幸せ。
朝ごはんを食べたら、用事を早々に済まして、衣替えをすることにします。

最近は新しい街にも慣れてきました。
趣味だった散歩は、日々の習慣になって、知らない街を散策していたのが、今では近所のお気に入りの場所に行くようになりました。

早く目が覚めた時は、朝日を見に。

煌々とした太陽が、遠くに見える都心のビルの間からゆっくりと上り、街を照らしていく。
青白い世界が色づき、木々も街も、家も私も、オレンジに染まっていく。
その光の温度が、全身に染み入るのを感じ、木の幹に腰掛け短編をひとつ読む時間。
苦いこともあるけど、焦らずゆっくり、コツコツと努力を続ける為のエネルギーを蓄えるこの時間が私の新しい生活の中で見つけた、ひとつの宝物です。

夏の最後の思い出を記録したいと思い返すと、趣味の山歩きでした。
来年は大きな山にチャレンジしようと計画を立てています。
この日はのんびり高尾山へ行きました。

東京に越してきてから馴染みのある山。
いくつかコースがありますが、「稲荷山コース」か「6号路」で登って、山頂でなめこ汁やビールを飲んでのんびりしたら、「4号路」を降って、日本一の急勾配であるケーブルカーで下山するのがお気に入りです。

〈稲荷山コース〉

稲荷山コースは道幅も広く、視界も開けているので、思いついたメロディーや言葉を歌にして口ずさんだりしながら、静かにのんびり歩きます。
地面から伸び出た力強い木の根が印象的。
なんだか招き入れてくれるような雰囲気があるので、このコースを登るときは、気持ちが受動的な時です。

〈6号路〉

6号路は沢沿いをずっと登っていくので、流れる水音がとても心地よいです。
「前の沢」多摩川の始まりの一つです。
沢に降りて、さらさらと流れる水で顔を洗うのですが、これが最高に気持ち良い。

足元をうっすらと流れる水を辿ると、土や岩の間から染み出ている場所を見つけられます。
これらが交わって、大きな川になって、海に繋がる。自然の中にあるその循環の起源にとても感動します。
細い山道に黒く光る岩や斜面に生い茂る様々な植物も印象的。
途中、沢の上を歩く道は、冒険心をくすぐられます。このコースを登るときは、気持ちが能動的な時。

初めは悩みを解決するヒントを見つけるために考え事をしたくて、登っていました。でもいざ山に入ると、それどころではなくて。
小さな山でも自然は力強く、危険は沢山。一歩一歩小さく踏みしめて歩かないといけません。
自然を前にすると、緊張感の中に、安らぎや感動があって。
毎度すれ違う人と交わす「こんにちは」という一言に暖かくなったり。

何より音が好き。
自然だけの音。
たまには脳と耳を休ませないと。

日々を過ごす上で生まれる「間」を過ごす事が、とても苦手になってきていると気づいたのはここ最近で。
便利なことに、情報や娯楽、物が溢れていて、飽きることなく日々を過ごせます。
それらは、とても豊かにしてくれると同時に、気を紛らわしてくれます。

でも、電車の中でも、私は他のことに夢中で、立ち止まって物思いに耽ったり、自分を見つめる時間が極端に少なくなっていました。


常に何かを見たり、聞いたりしていて、意識はその場にはない。
バランスが取れていないので、突然にくる間や虚しさに、どんどん耐性がなくなってきていました。

だから最近は、間の過ごし方を意識的に変えています。

電車でぼーっと外を見たり。
テレビをつけずにご飯を食べてみたり。
なんでもない、広場に行ってみたり。

そうすると、自分の感覚や言葉がぽっと浮かんできたり、その場にいる他者に思いを馳せたり。
退屈な時もあるけれど、多分、その間の過ごし方が、私を強くしてくれるんだなと、思います。

けれどもボーっとばかりもしていられないので、今日もやることちゃんとやらねばです。
頑張る。

お気楽ものかも知れないけど、これを読んでくれている貴方にも、少しでも素敵な間を過ごしてもらえたらな、と思います。

【毎連載恒例のオススメの一冊】

「夕映え天使」著者/浅田次郎

葵うたの aoi utano
’99・7・4埼玉県出身。蟹座。B型。
俳優・タレント。ドラマ「ガールガンレディ」、「パリピ孔明」などの出演経験があり、アニメ「Artiswitch」では主人公の声優を担当。長編映画「タイムマシンガール」で主演の星野可子役を演じる。先日最終回を迎え、山田彩花役を演じたドラマ「さっちゃん、僕は。」がNetflixにて配信中。

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