葵うたのweb連載【葵色日記】#34 またここから

寒い。

寒い。その言葉からでしか連載を始められないほど、冬は省エネで生きてしまっている。
すごく眠い。先祖からなる動物的本能なのか、食欲旺盛で、冬眠の準備をしているみたい。
猿って冬眠するのかな。

久しぶりに会った友人(といっても2週間程度)に
「最近元気してた?」
と聞かれて
「元気ではなかった」
と自嘲的に言葉を返してしまう。
そのあとに相談をするでもなく、ただ事実としてぽんっと。
それくらいには、いろいろなことがどうでも良かった。

そんな、“親しき中にも礼儀あり”をしない私に対して友人は、なにをいうわけでもなく缶ビールを奢ってくれるのであった。

私の周りにいる人たちは、とても親切で、愛情深く、それぞれの常識を持っている。
会いたいと思える人がいること、会えることは本当に幸せだと改めて思う。
一人時間が大切で、得意で、好き。
その時間は自分らしさを色濃くしてくれるけれど、しばらく続くと逆に自分らしさが薄まっていく感覚になる時がある。

ただいまと言える場所がたくさんある。
故郷がいろんなところにあること、これからきっとそれが増えることが楽しみです。
それは自宅や実家だけじゃなくて、人やお店、土地、仕事場、本、手紙などなど。
いたるところに思い出があるし、自分の痕跡を残してる。

先日、ふと思い立って上京して初めて一人暮らしをした街に行きました。
その街の駅のホームに降りた瞬間から、なんだか懐かしい匂いがした。
同じ東京でもこんなに違うのかとドキドキしながら改札を抜け、駅前を見渡す。
過去の街。

まずは駅前の通っていた、たこ焼き屋に向かう。
大好きだった塩たこ焼きネギ乗せを迷わず注文して、外の席に椅子を出して座る。
冷蔵庫に貼られたたくさんのポケモンシールや、真横を自転車が通っていくこの距離感が懐かしい(笑)。
たこ焼きが運ばれてくる。
ネギたっぷりで、もちもち。
粒感の残っている塩がしっかり効いている。
変わらない味に舌鼓し、ビールを流し込む。

なんだかここに住んでいた時は、つらいことが多かったな。
もちろんこうして好きなお店があって、楽しい思い出だってある。
それなのに、鮮明に思い出さなくても、その時に抱えていた感情が肌をかすめていく。

それから、ちょっと自分を褒めてあげたい気持ちになって、ビールをもう一杯注文。

あの家はまだ残っているだろうか。

ごちそうさまをして、ほろ酔いで昔住んでいた家を目指し、かつての帰路を辿る。

変わらないように見えるところ、新しいお店、移転した店を横目に歩いていく。
少しの期間だけ、おばあちゃんがうちに住んでいたことがあった。
初日に近所のジェラート屋に並んで二人でジェラートを食べたっけ。

最後の角を曲がって、家への一本道に入る。

あった。

「そんなに前のことじゃないからあるやろ」って思われるかもしれないけど、当時住んでいたその家は、初めて遊びに来ようとした友人が気付かず通り過ぎるくらい女が住むにはオープンで、年季の入った家だった。

階段ってこんなに明るかったっけ?
たぶん、電気が新しくなってる。
2階の2番目。
誰か住んでる。

洗濯機が外だから、冬は手が凍えて大変だった。
その家に住んでいた時のある朝、大家さんが強くドアをノックする音で目が覚めて、ビクビクしながら開けると、「ベランダが水で溢れているからなんとかして!」と。

急いで向かうと、凍った配管が割れて水が噴き出していた。
寝起きパニックの私は気付いたらびしょびしょになりながら裂け目を手で押さえてたっけ(笑)。

そんなことを思い出しながら、今は誰かが住んでいる部屋を見つめていたら怪しまれてしまうので、そそくさと退散。

コーヒーが飲みたくなって、喫茶店を探すと、当時は知らなかった気になるお店を発見。
飲食店や八百屋がひしめきあっている路地の一角にある、2階建ての喫茶店。
縦長の、住宅みたいな外観。

恐る恐る入ると暗い店内にカウンターがあり、マスターが一人。
「そのまま上に上がってください」と。

奥にある階段は狭くて急。
なんだかミニチュアの世界に来たみたい、と思いながら2階に登ると、本棚とテーブルが4つ。
1階よりはひらけているけど、割と狭い空間。
それでも窮屈感が全くないのが不思議。
ポツポツと卓上を照らしているライトと、窓から差し込む青白い外の光が室内に溶け合っている。

それぞれの家具のデザインはバラバラだけど、落ち着いた統一感があって、4つの空間が狭い空間の中で静かに独立している。
何も思い入れはないけど、なんだか懐かしい。

「これは当たりだな」と心の中でガッツポーズ。

運ばれてきたコーヒはなみなみに注がれていて、あの階段をこぼさず運んできたマスターに感服。

コーヒーも美味しい。
一息ついて見つめるのは、卓上に置かれている1枚の便箋と本棚に挟まれている無数の手紙たち。

これがこのお店の最大の特徴。
手紙を書き、誰かの手紙を読むことができるらしい。

せっかくなので、この街の思い出を知らない誰かに一方的にお伝えするかたちで書いてみた。
隠した場所は秘密。

気付いたら夜になっていたので、その喫茶店をあとにし、高円寺で一杯飲んで、今住む街に帰りました。

あおいのひと頃。


「またここか」 著者/坂元裕二

葵うたの aoi utano
’99・7・4埼玉県出身。蟹座。B型。
俳優・タレント。ドラマ「ガールガンレディ」などの出演経験があり、アニメ「Artiswitch」では主人公の声優を担当。毎週水曜22時に放送中のドラマ「パリピ孔明」(フジテレビ系)で、アイドルユニット「AZALEA」の「一夏」役を担当。発売中のblt graph.vol.96に水着グラビアで登場。ポストカード付きはこちら

#35は12月11日(月)の公開予定です。

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