葵うたのweb連載【葵色日記】#28 息をひそめて

喫茶店が好き。
学生の頃から変わらないこの好きは、今後も不動の好きだと言えます。
そんな好きな場所に、最近は足が遠のいていました。
あまりにも人が多すぎる……。

重厚感のあるカウンターに座り、店主が作る唯一無二のオ・レ・グラッセを飲みながら本を読む贅沢時間だったはずが、パシャパシャ と携帯のカメラの音。
キャハキャハと大きな声で下品な話。
うしろではタバコ臭さと不機嫌さを全面に出し、あろうことかあのオ・レ・グラッセをぐるぐるとかき混ぜだす。

つ、つらすぎる。
もちろん楽しみ方はそれぞれだと、そう思うけど、なぜこの店なのか。
読んでいる小説がまもなくエンディングに差し掛かってきたので、もう一杯頼もうとするが、チラリと入り口に目をやると、長蛇の列。
この申し訳なさの中で滞在する勇気は到底持ち合わせていなくて、いそいそと退店。
憎い。映えが憎い。

きっと少数派の人間はどんどん肩身が狭くなっていく。
もちろん楽しみ方はそれぞれだし、それを強要するのはナンセンスだが、なんであれ、その空間に適した最低限のマナーは必要なのではないだろうか。

そんなこんなで最近は、モーニング時間に喫茶店に行くようになりました。
朝は光も気持ちが良いし、客層も穏やかだ。
でも、東京で見つけたお気に入りのお店に行けないのは、やっぱり寂しい。

先月、映画の撮影で岐阜県高山市に一週間ほど滞在しました。
私の撮影時間はお昼過ぎからや、夕方には終わる日が何日かあったので、ホテル近くの喫茶店を散策。
日本情緒のある商店街の中の喫茶はあまりにも居心地が良い。

モーニングがとても美味しそうなお店を発見。
何種類かあったのだが、私が頼んだのはその名も「日本の朝食セット」。

大きめの器に盛られたご飯と、卵とのり。あっつあつの味噌汁。
器がでかいので、卵かけご飯を思いっきり混ぜることができるのも萌えポイント。

感動したのがこの副菜。
どこか祖母を思い出すような懐かしい味。
その時の映画の役が重かったからか、どこか重なってしまい、かぼちゃを甘く煮たものを食べた瞬間に泣いてしまう事態。
近くに座っていたおばあちゃんが、だいぶ上に設置されているテレビを見上げたまま、「若い子も大変よねぇ」 と呟く。
私もテレビを見つめ(その時流れていたのは甲子園の髪型問題)、「そうですねぇ」と呟く。
何だかセンチメンタルな空間になってしまった。

食後にアイスコーヒーを注文。
モーニングタイムにアイスコーヒーを頼むと、トーストがつくらしい。
勧められたが、ペこぺこしながらお断りした。
ガムシロップの入った瓶がとても素敵で、普段は無糖だが、たら~と垂らし入れた。
可愛い。

私の好きなスナックのママも、食べきれないほどのおかずやフルーツを出してくれる。
この喫茶はシステム上、付いてくるからそう言ってくれたのだろうが、祖母の年代の方は、とにかく食べさせてくれる。

好きなお店の好きなところは、その店の人柄だ。
外国人のお客さんにも変わらず日本語で案内する。
でも通じている。
人柄と働くおばあちゃんは国境を越えるなぁとしみじみする。

良い喫茶店の条件は、帽子を被った新聞を読むおじいちゃんがいること(独断と偏見で)。
隣に座っていたおじいちゃんは黙って新聞を読んでいた。

その時の役がこれまたヘビースモーカーで、台本を読みながらタバコに火をつけるとそのおじいちゃんがくるっとすごい勢いで振り向く。
どえっ。す、すみません。とタバコの火を消しかけたところで、お店のママさんが「よかったわねぇ」と一言。

おじいちゃんは特に何も言わず向き直ってタバコに火をつけ、美味しそうに煙を吐き出す。
若い女がいたから気を使っていたのだ。
こういった優しい寡黙なおじいちゃんがいるお店はいいお店だ。
お客同士や、お店の人との距離感も居心地がいい。
交流があって、ちゃんと1人にもなれる場所。

音楽と人と煙と、美味しいコーヒー。最高じゃないか。
私はその空間にひっそりといる。
良い喫茶店の一部になれたらいいなと、思いながら。

喫茶店を出たあと、同じ商店街にて、かわいい畳草履と街歩きをゲットしました。
今度写真撮って載せます。自慢します。
お店の方が、「高山に来たらまた来てねー」と。
また、お邪魔します。

【毎連載恒例のオススメの一冊】


「喫茶店で松本隆さんから聞いたこと」著者/山下健二

#29は9月18日(月)の公開予定です。

葵うたの aoi utano
’99・7・4埼玉県出身。蟹座。B型。
俳優・タレント。ドラマ「ガールガンレディ」などの出演経験があり、アニメ「Artiswitch」では主人公の声優を担当。9月27日(水)スタートのドラマ「パリピ孔明」(フジテレビ系)に、アイドルユニット「AZALEA」の「一夏」役で出演する。

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