本当に静かだった。
空と、海と、山と、海街。
淡く霧がかっていて、まるで時間が止まっているような神秘的な場所。
「嘘みたい……」。
瀬戸内海は本当に静か。
車を降りたその瞬間、音を奪われて吸い込まれるような、不思議な感覚。
東京で何かの音が耳に入ってくるのが日常になってしまった私にとって、妙な緊張感を感じる場所でした。
広島駅から南東へ車で約1時間半。
繁華街を横目に車を走らせ、すぐに現れる海街を山の上から見下ろしながらトンネルをいくつか進んでいく。
初めての土地でも、通り過ぎていくコメリやイオンに懐かしさを感じるのは田舎道あるあるです。
左には山があって、そのすぐ向かい、右には静かに広がる瀬戸内海。
この町の人にとっての当たり前が、私にとってはどれも新鮮で、車窓から食い入るように流れていく景色を目に焼き付けた。
こんな景色が本当にあるのかと素直に感動する。
島を繋いでいる橋を何本も渡って向かうのですが、かわいい形をした山々を跨ぐ、真っ白で綺麗なラインの橋が、とってもきゅんポイントです。
ここで生まれ育っていたら、どんな人間になっていただろうな、と無駄な想像をしてしまう。
いつかこれが、子育てするなら……に変わっていくのでしょうか。将来に不安はあるけど。
最近見たアニメの「大丈夫、あなたはちゃんと大人になるし、たくさんの人に出会って、その人たちを目一杯愛することができる」という台詞を思い出す。
感傷に浸っていたのも束の間、車酔いから解放されたくて、少し窓を開ける。
瀬戸内の海は波も風もとても穏やかで、不思議と塩の香りがしなかった。
今回撮影で訪れた御手洗(みたらい)という町。
重要伝統的建造物群保存地区として選定されているこの場所は、街並みも文化も昔のままで、タイムスリップしたみたい。
この静けさの贅沢をたっぷり味わいます。
2日目の朝は早起きして、お散歩。まず、町の神社に挨拶。
この島の太陽はすごく不思議。
夕方も朝も、町と山をピンクに染めます。
全部の時間が溶け合ったような……まさにそれです。
自動販売機でコーヒーでも買って朝日を見ようと思っていたのに、それを忘れて静かに流れる時間に身を委ねて海辺に座っていました。
たまにすれ違う町の人は、当たり前に「こんにちは」と声を掛けてくれる。
少し照れ臭く声を返すけど、とても気持ちがいい。
普段何かに追われるように歩いている自分にとって、その時間は悲しいくらい穏やかで、焦る余地すらありませんでした。
今回はお仕事でここに訪れたけれど、一人旅でまたここで、ただゆっくりと流れる時間に身を任せて、自分の嫌なところも好きなところも、やるべきことも、大自然と町の音に耳を澄ませて、委ねてみたいと思った。
必然なのか、タイムリーに見たアニメの影響も大きい。
孤独に気付いてまた人を愛して関わって、助けられて。
私の何かが、誰かの日常の一部に少しでも関われたら、それは本当に幸せなことだと思う。
またここに来たいと思った。その時はまた違った自分でいるのかなと思う。
また来たいと思える場所が嬉しい。
「行ってきます」とこれまた照れ臭く声をかけて、東京に戻ります。
【毎連載恒例のオススメの一冊】
「できることならスティードで」 著者/加藤シゲアキ
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●PROFILE
葵うたの aoi utano
’99・7・4埼玉県出身。蟹座。B型。
俳優・タレント。ドラマ「ガールガンレディ」などの出演経験があり、アニメ「Artiswitch」では主人公の声優を担当。ドラマ「召し上がれ♪ ぼなぺてぃ。秋田のお菓子たち」(秋田放送)が放送中で、レバレジーズメディカルケア株式会社「レバウェル看護」のCMに出演中。