葵うたのweb連載【葵色日記】#53 私のおじさん

先日、家族の用事があって、しばらく会っていなかった叔父と再会した。
3人で目的地まで向かう車内で、母は珍しくラジオをつけなかった。
母と叔父は仲が良く、よく喋る。
母が最近よく私とものを売りに行くリサイクルショップの話をした。
売るのも買うのも、本当にありがたい。
叔父がかつて手放したものの話になった。
ある漫画の初版本全巻や、ビンテージ服、祖父の趣味でもあった、日本刀など。
その中には、今売れば倍以上の値打ちが付くものもあれば、叔父が大好きだったもの、弟が、「大人になったらもらえるんだって!」と私に自慢していたものもあった。
「ほんとにいろいろ売ったからなぁ」
ぼそっと呟くその言葉に、手放したものへの愛着と、その頃起こった出来事への感情の色が漂う。
そんな話をしながら、私は、昔に弟と忍び込んだ、叔父の部屋を思い出していた。

叔父と同じ屋根の下に住んでいた小学生の頃。
私の生活スペースと叔父の部屋にはだいぶ距離があったので、家の中で出会すことは滅多に無かったと記憶している。
目を閉じずにその家を今でも鮮明に思い出せる。それぞれの扉の形や、窓の数まで。
今はもう入ることのできない当時のその家が、私は好きだった。
お気に入りの場所は、祖母の部屋のクローゼットの中。
弟とかくれんぼをしていた時に見つけた場所。
頭上から垂れ下がる洋服をかき分けて奥に進み、窓から入る光に足だけを入れてじっとうずくまる。
足だけを光に当てておかないと、せっかくクローゼットを開けた弟が奥に居る私に気づかず、その場所は捜索リストから外される。そうなると私は、頃合いを見て大声を出し、どうにかここにまた弟を呼び寄せる羽目になる(笑)。
光に本をかざして読んだりもした。なんだか妙に落ち着く場所だった。

叔父の部屋は、祖母の部屋がある建物の屋根裏にあった。
廊下に突如ある不気味な階段を上ったその先。
怖いのと、入ってはいけない場所、というオーラに子供はそそられるもので、弟と一度忍び込んだことがある。
階段脇に置かれた漫画やらを崩さないよう慎重に登る。
上まで登ると、ドアの隙間から光がまっすぐ伸びている。
ただの剥き出しの木の扉をギーっと開けると、そこは同じ家とは思えない、ザ・秘密基地!だった。
急いで見張りについていた弟を呼び、部屋に入る。
斜めに大きな窓と天窓から入る光が、わきに積まれた本や物に影を落とし、水槽がコポコポと音を立てて、水草とゆっくりと泳ぐ魚がきらめいている。天井から垂れ下がる植物と、本の上に置かれたフィギュア。タバコの匂い。
なんというかそこは、ザ・男のロマン!だった。

あの部屋も、物も、もうないのかぁ、と感傷に浸っていると、後部座席にいた叔父が何か思い出したように鞄に手を突っ込み
助手席の私に何かを手渡した。
手を広げてみると、「叶」という文字が書かれた・・・銅?
「それ、日本刀の鍔(つば)」
言われてみるとそうだ。昔剣道をやっていたのですぐに合致した。
「お守りにするといいよ。それと・・・」
まだ何かくれるらしい。
次に出てきたのは、細いブレスレット。
大きな目をした、白藍色の魚がちょこんとしている。
「トルコのお守りなんだって」
とっても可愛い。嬉しい。が、なんでこんなにお守りをくれるんだ、しかも急に。
と思い、隣の母の顔を見ると・・・その表情から合点がいった。
私が最近体調を崩していた事を、母が叔父に言ったに違いない。
母もさっき、「うたに似合うと思って」とオレンジ色のニット帽をくれた。

本当に、私はよく家族に心配をかける。
ふたりにお礼を伝えて、腕に乗った魚を眺めながら、弟のことを想った。
昔から私と違ってしっかり者だった弟。
羨ましがるだろうから、秘密にしておこう。
今日来れればよかったのに、弟は大学に通いながら、今日も働いている。

私と弟は、うまく家族の中での役割を果たしていると思うし、うまくバランスをとっていると思う。
そんな弟はよく私にハッとする言葉をかけてくる。
兄弟の存在は、形を変えて大きくなる。

母の弟もまた、レアキャラで、ここぞというときに頼りになる。
叔父は私ぐらいの歳の頃、アメリカに留学していた経験があり、帰国後は向こうで仕入れをして古着屋をやったりと、子供の目からみても、なんだか自由でかっこいい、憧れの存在だった。
歌も絵もうまいし彼女はとっても可愛いし、物知りでユーモアもあって、集まりでたまに顔を出す叔父はいつも家族の話の中心だった。
嫌な事も、おもしろおかしく話すから、嫌味も嫌味に聞こえない。
みんなが笑うから、少し羨ましくもあった。
同時に、みんな私に甘いけど、叔父はいつも私をいじってくるので、少し苦手でもあった。
思春期以降会ってなかった叔父と久し振りに会うと、なんだか不思議な気持ちになる。

子供だった私はある程度大人になって、お兄さんだった叔父はおじさんになった。
逞しいイメージだったはずが、よくよく話を聞いたり過ごしていると、三半規管が物凄く弱かったり、お腹をすぐ壊したり、メンタルも繊細だったりと、知らなかった叔父がたくさん出てくる。
弟も私も、叔父の要素がそれぞれ違う面で濃く入っているなと思った。
ということは、祖父と祖母の血が流れているというわけで。
何だか不思議だ。

その日の用事を終えて、3人ともお腹がペコペコだったので、一緒に夕飯を食べることになり、私のわがままで少し離れたお好み焼き屋に入った。
すぐに入れるお店もあったが、どうしても、3人でお好み焼き屋がよかった。母は、私がどうしてもというのは珍しかったらしく、驚いていた。

昔よく言っていた店だったが、今はだいぶ変わっていて、想像よりはるかに少なかったり、火が消えたり、お好み焼きが卵焼きみたいになったりと、バタバタしてしまったけど、それはそれで楽しかった。
今は私も一緒にお酒を飲みながらいろいろな話ができる。
大人の仲間入りに胸を弾ませていると、話の流れで叔父が「俺はいつもここぞという大事な選択を間違えてきた」と笑いながら言った。

叔父はなりたかった大人になれたのだろうか。
私はなりたかった大人になれるのだろうか。

叔父は料理好きが転じて、色々な飲食店を出し、今は地元で「にぼ乃詩」というラーメン屋を一人で営んでいる。
昔から、食にはうるさくこだわりが強い人だった。
私はまだ一度も行けていない。
今月発売される雑誌に掲載されているらしく、母とコンビニで購入した。これが中々美味しそう。
後から母に聞いたのだが、私の名前からつけてくれたらしい。

別れ際、「店に飾るからサインして」と写真店の写真を段ボールの箱から取り出し渡してきた。
「えぇー、いいけど、ペンは?」
「持ってないのかよ。ペンは常に持ち歩いとかなきゃだろ」
といじわるな顔をして笑う。

それから3人で閉店間際の百均に駆け込み、ペンを買った。
今までで一番緊張したサインだった。(笑)

「お、いいじゃん。ありがとう」
「ありがとう。頑張ります」
目を合わせずに言ったこの2行の会話を、大切にしておこう。と、思った。

【毎連載恒例のオススメの一冊】

「家族じまい」著者/桜木紫乃

葵うたの aoi utano
’99・7・4埼玉県出身。蟹座。B型。
俳優・タレント。ドラマ「ガールガンレディ」、「パリピ孔明」などの出演経験があり、アニメ「Artiswitch」では主人公の声優を担当。長編映画「タイムマシンガール」で主演の星野可子役を演じる。先日最終回を迎え、山田彩花役を演じたドラマ「さっちゃん、僕は。」がNetflixにて配信中。

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