
楽屋口にワンボックスカーが停まる。ほどなくドアがスライドして開き、移動中に仮眠をしていた女性達が降りてきて、スタッフに挨拶をしながら楽屋へと向かっていく。彼女達は5人組アイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」のメンバー。この日は、いわゆる〝周年ライブ〟で、グループにとってはアニバーサリーにして新たなフェーズへと踏み出す日でもあった。

衣装に着替えたメンバーは各々、準備を進めている。「メイクやって〜」と最年少の清水菜々香(仲村悠菜/私立恵比寿中学)が姉御肌の大谷梨紗(小川未祐)に甘えている一方、鏡の前では2番目に年少の辻元姫奈(桜ひなの/いぎなり東北産)が対照的に粛々とメイク中。センターの山岡真衣(齊藤京子)は少し離れた席で目をつぶり、歌詞と振りの確認に余念がない。本番が近づくにつれて高まる緊張と高揚感。円陣を組んだ5人はリーダー三浦美波(今村美月)の掛け声で心を1つにすると、暗転した会場にOVERTUREとファンのコールが響く中、ステージへと向かう。やがて、彼女達のメジャーデビュー曲にしてキラーチューンである「秒速ラヴァー」のイントロが流れ、色とりどりのペンライトが揺れるフロアは一気に熱を帯びていく──。

……と、映画『恋愛裁判』の冒頭数分間をザッと文字化してみたが、この一連の描写だけでもディテールが伝わるのではないかと思う。実際、発売中のB.L.T. ’26年2月号の〝ハッピー☆ファンファーレ座談会〟内で、主人公の山岡真衣を演じた齊藤京子は「本当に〝ハピファン〟のドキュメンタリーを観ているような感じがしました」と評している。その言葉はけっして盛っているわけではなく、微に入り細に入り……あたかも密着カメラで撮った映像のような臨場感とリアリティーに満ちたシークエンスとして、観る者を没入させていく。


それこそ、円陣を組む彼女達の姿を撮る密着カメラのスタッフ(ムービーのみならず、スチールカメラマンまで!)が配されていたり、ライブ後の特典会におけるメンバーとファンのやりとりや距離感であったり、在京組と上京してきた寮組のメンバーそれぞれに生活環境が異なっていることなど、枚挙にいとまがない。
つまりは〝アイドルが「恋」をするのは「罪」なのか?〟という主題を描くための〝装置〟や〝記号〟としてではなく、今や日本におけるメインカルチャーの一端を担うアイドルという存在を真摯に見つめて活写している、ということ。映画には、その作品が撮られた時代の空気や風景、文化的な背景を記録するメディアとしての側面もあるが、『恋愛裁判』はまさしく2020年代半ばのアイドルにまつわる事情を、はからずも後世へ語り継ぐ一編と見ることもできる。

「アイドルと恋愛」というテーマ性や、社会の矛盾に斬り込む深田晃司監督ならではの目線が際立つ骨太の映画でありながら、令和では日常的な文化として人々がいそしむ推し活という事象を極めてフラットに、そしてきめ細やかに映し出している点でも「時代を象徴する作品」と位置づけるにふさわしい。10年、あるいは数十年経った頃に『恋愛裁判』を観た人がテーマをどう受けとめるかは未来になってみなければ分からないが、「あの頃のアイドルのライブって、こんな雰囲気だったんだな。日常的な活動や生活って、こんな感じだったんだな」とバイアスを掛けずに追体験できるだろうことを考えると、実にフェアで誠実な〝アイドル映画〟でもあるのだなと思えてくる。


誤解のないように記しておくと、この作品は「アイドルだから恋愛禁止だなんて、馬鹿げてる!」だとか「アイドル界の闇を暴く!」といった偏った視点で撮られてはいない。山岡真衣をはじめとする当時者のアイドル達はステージの上やファンの前では「誰かが、少しでも元気になれるのなら」と全力で活動に取り組み──だからこそ1人の人間として葛藤する。
積み上げてきた時間と輝きを手放してでも、一緒にいたいと思える相手と出会ってしまったことに。
遠いようで近く、しかし手は届かないという距離感をわきまえながら、自分を応援してくれるファンに対する後ろめたさであったり、降りてみて初めて実感する〝ステージの上でしか味わえない恍惚感の魔力〟に心をかき乱されながらも、自分の本当の気持ちに対して正直でいようとする真衣の生き方をどう捉えるかは、受け手に委ねられている。すなわち、最適解や正解が用意されているわけではなく、それぞれの価値観や人生観によって解釈が変わる映画である、ということ。そして、咀嚼と思考によってさらに味わい深さが増す1作でもあると、あえて明言しておこう。
余談。映画冒頭のバックステージシーンを観ながら何となく既視感を抱いたのだが……ほどなく思い出した。約10年前、2016年10月28日、今はテレビ収録用スタジオとなった「赤坂BLITZ」で行われた「けやき坂46/ひらがなおもてなし会」に、まさしくB.L.T.の取材で終日密着させてもらった時に目にした光景と重ね合わせていたのだった。あの日、ひらがな単独で初めてステージに立てることがよほどうれしかったのだろう、齊藤京子のテンションがひときわ高かったように記憶している。
「いやいや、9年後のあなたはカンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩いているよ。アイドルを題材にした、あなたの主演映画をひっさげて、ね」
当時の彼女に言っても信じないだろう。そしたら、この文言を加えてみようか。 「いつだって、未来は味方だ」と。
text=平田真人
●映画『恋愛裁判』 2026年1月23日㊎〜東宝系で全国公開
『淵に立つ』(’16年)や『よこがお』(’19年)で社会に切り込み、『本気のしるし』(’20年)や『LOVE LIFE』(’22年)では愛について描き、国内外から称賛を集める深田晃司監督渾身の最新作。「アイドル=恋愛禁止」という暗黙のルールを題材に、1人の人間として葛藤する〝偶像〟達の姿を描き出していく。主人公の山岡真衣を演じるのは、これが映画単独初主演となる、日向坂46出身の齊藤京子。劇中グループの「ハッピー☆ファンファーレ」メンバーも、仲村悠菜(私立恵比寿中学)、小川未祐、今村美月(元STU48リーダー)、桜ひなの(いぎなり東北産)がオーディションで選ばれた。5人は撮影に先がけてダンスのレッスンを行い、楽曲も2曲を実際に配信リリース。アイドルパートの描き方のきめ細やかも注目の1作。
・映画『恋愛裁判』公式サイト